大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(く)124号 決定

被告人 永島弘二

〔抄 録〕

所論は、要するに、原決定が、被告人の保釈を取り消すに当たり、その保証金一二〇万円の全部を没取するとしたのは、本件の一連の経過を考慮すると酷に過ぎて相当でないから、原決定のうち右没取に関する部分の取消を求める、というのである。

記録によると、被告人は、本件の公訴事実を争わず、昭和六一年五月九日の第一回公判期日においてすべての審理が終了し、判決宣告期日が同月二九日午後二時三〇分と指定されたうえで、右五月九日中に、保証金一二〇万円で保釈を許可され、同月一三日右保証金の納付とともに釈放されたが、右判決宣告期日には、正当な理由がないのに公判廷に出頭せず、保釈の許可条件に違反したことが明らかである。

そこで、所論にかんがみ、記録を検討してみると、被告人は、右の当日、公判廷に出頭するため妻に伴われて自動車で裁判所に向かう途中、妻が一時下車して公衆電話をかけているすきに、自らその自動車を運転して姿をくらまし、結局その日は公判廷に出頭しなかったものの、その日の夜から翌三〇日にかけて、妻や知人に対し、「どうしたらよいかわからない。」などと苦衷を訴える電話をかけてきているうえに、早く帰宅するようにとの妻の説得に応じ、次回の公判には出頭する意志を固めて、同月三一日夜、保釈の制限住居である横浜市内の自宅に帰ってきたこと、被告人の右のような動静が妻や弁護人を通じて逐次検察官に伝えられたので、被告人は、本件保釈取消決定に基づき同年六月三日には早くも収監され、判決宣告も、あらためてその期日に指定されていた同月六日に支障なく行われたことが認められるのであって、被告人の保釈許可条件違反の行為は、長期間にわたって逃げ通したというような例と比べると、情状がそれ程重いとはいえず、また、本件の裁判の進行が、被告人が一時逃亡したことにより著しく妨げられたわけでもない。

そうすると、本件において被告人の保釈を取り消すに当たっては、保証金の没取はやむを得ないとしても、一二〇万円の全部を没取するのは酷に過ぎて相当でなく、没取はその一部にとどめるべきものと思われる。論旨は右の限度で理由がある。

(坂本 田村 本郷)

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